アウトプットしたものの距離感

それを拡声器に例えている例も多いが、私的には誰でも行き来できる往来に貼ってあるポスターのようなものだと感じている。

http://d.hatena.ne.jp/hejihogu/20071007/p1

なるほどポスターか。
実感が伴わないのはデジタルな文字だからかもしれない。
自分の考えを伝えるには声をだすか、手で文字を書くという方法を取るしかなかったわけで。今もこうして画面に向かってキーボードを打っているけど、キーボードとディスプレイは自分の頭の中身を一部移しているという距離感。書いてる本人が自覚しなければ、そのままの感覚でWebに乗ることになる。

きっとこれは言葉でしゃべるよりもより深くてダイレクトな言葉群なのだろうな。
だからネガティブコメントされると傷つく。普段しゃべってることにいちいち反応されないし、そうスピード感が違うから。それからネガティブなほうが表に出やすいというか、書くほうもかきやすいんだろうな。揺れ幅同じぶんだけネガとポジな感情があった場合、言葉という形として出やすいのはネガのほうだと思う。「ふむふむそれはいいですね。」と思ってもネットでは普段スルーで、「ん?なに言っちゃってんの。」と思う場合は前者と比べると、言葉として表現しやすい・ついしたくなってしまうものに思える。とくにはてブ時のコメントは距離感的にも書きやすいでしょ。

自覚がないのはある程度しょうがないのかも。だってその文化を今創っているところだから。自分の考えを表現する手段(ツール)はたくさんあるけど、なんでみんなこれを使うのかとかツールと感情の関係が私はよくわからない。なんでブログ書くのとか。(あれ?)

ていうかブログってなに?